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2011年12月13日火曜日

地図ラブミーティング

昨晩、札幌市内のワールドブックカフェにて、地図が大好きでたまらない人たちのミーティングというのがありました。これは札幌オオドオリ大学の授業「セカイを地図から眺めてみると」に参加した方々が、「もっと、地図で“なにか”できるよね」ということで集まって呑みながら話そう、という会なのですが、ドリ大の授業に参加してなくてもいいからおいでよ、と誘っていただきました(´∀`*)

人数は十数名、殆どは授業参加された方でしたが、自己紹介で出るわ出るわ、みんなの地図ラブポイント! それぞれ違った視点で、地図というモノに対する愛おしさが感じられました。個人的には、古地図好きな方が自分だけでなかった、というのがとても嬉しかったですw

その後、まずはどんなことが出来るかブレインストーミングとして、いろいろリストアップしてみました。実際その気になればすぐにでもできそうな企画ネタ、大掛かりだけど是非とも実現したいイベントなど、いっぱい集まりました。これを元に、今後継続的に活動しようということになり、一次会はお開きになりました。二次会、とっっても行きたかったのですが、遠方ゆえ今回は断念しました。

自分は街歩きと地図、歴史と地図(地理)という接点に特に興味があるので、そういった方面での“なにか”を(ブラタモリみたいな?w でも「ブラタモリ」という共通の言葉ができつつあるよね)模索できればと思います。

おまけ:
地下二階に設置されている鉄蓋。この深さにあるのって地味にレアかも?
ともにMARUZEN&ジュンク堂書店札幌店B2F地図売り場にて。

長谷川鋳鋼所製、着色

2011年11月7日月曜日

「札下」の謎に迫る

以前の記事の最後に、札幌市下水道の鉄蓋を載せました。「札」の文字がおかしいんじゃない?というものです。 図1、図2に改めて写真を掲載します。

図1:札図2:札(?)
写真左側が、ごく普通の「札」=木+乚です。対して写真右側の蓋に記されている文字は、木+ヒになっています(以下、日本語の文字としてはこれを木ヒと略記します)。

このことに気がついた時、最初に思ったのは「これは誤字じゃないの?」ということでした。こんな字は見た事ないし、札幌といえば木+乚しかありえないと思ったからです。

一方で、本当にこんな漢字があるのか?という疑問もあり、調べてみたところ有りました。
です。これはユニコードでU+673Cと定義され、読みは北京語でbi3です。康煕字典宋本廣韻にも見えます。意味は祭祀の際に牲を載せる台か何かです(多分)。詳細は漢典で確認できます。日本語としての音訓は無く、日本では使用されていない漢字ですが、少なくとも文字としては存在することが分かりました。また現代の中国語圏では、札幌と表記する際に「」を使うこともあるようです。

しかし、それでも疑問は残ります。何故この字なのか。サッポロを札幌と書くのは音写であり、漢字の意味によって選択されたのではありませんが、かといって音写でも木ヒを選択する理由はないと思います。また、誤字にしてもあまりに堂々としているし、近年設置されたと見られるコンクリート製蓋にも木ヒが記されています。

図3:『特殊汚水桝設置図』より
部分拡大
さらに、札幌市が公開している「特殊汚水桝設置図」(PDF)を確認すると、木ヒで示されていることが分かりました(図3)。やはり、積極的に木ヒを用いていると言えます。

これはいったい何なのか。

考えていても埒があかないので、勇気を出して札幌市役所に問い合わせてみました。

担当課の方からいただいた丁寧な返答(ありがとうございました)には、「旧漢字(由来は中国新字体)をデザイン化した意匠文字」というものでした。ふむふむ……え? 旧漢字? 中国新字体というのはおそらく現行の「」を指すものと思われますが、「札」に「旧漢字」があるというのは初耳です。また、大正期にこの字の使用がみられるということなので、重ねて典拠を問い合わせた所、またも丁寧な返答(本当にありがとうございました!)をいただきました。手元にある事例として『新らしい札幌市の地圖』という文献をご紹介いただき、調べてみると幸いにも日文研近世・近代都市図データベースで画像が公開されていました。当該部分を拡大し、赤い丸で囲んで示したのが図4です(これは大正期ではなく昭和6年の版ですが、今回の場合は版の違いは問題にならないと判断します)。

図4:『新らしい札幌市の地圖』より
部分拡大、赤丸は筆者による
こ、これは……筆押さえではないでしょうか? 確かに堂々とした一画のように描かれていますが、私はこれはあくまでも筆押さえ、すなわち装飾であり、文字としての一画ではないと思います。

ここで札幌市役所からいただいた回答に戻ると、「意匠文字」という言葉があります。おそらく、意匠文字というのはデザインした字形を指していて、この場合は筆押さえの部分を一画として「札」に追加したのだと解釈できます。ただ、追加した場所が、図3では乚の書き出し部分に付いているのに対して、図2の蓋ではヒのように位置が下がってしまい、また実際に中国に「」という文字があることに気がついてしまったためにこれを「由来」として根拠付けに採用した――これが木ヒの真相ではないでしょうか。

整理すると、以下のようになります。

  • 図2の木ヒは「意匠文字」である
  • この文字は「旧漢字」を「デザイン化」した
  • また、その「旧漢字」は中国の漢字を「由来」とする
  • しかし「旧漢字」とされている字形は、実際には元々の「札」の文字の筆押さえの部分を一画と誤解したものである
  • 仮に筆押さえを一画と考えると、中国の漢字「」が(少々字形は違うものの、おおむね)該当する、とみなされた
  • かくして図2の蓋の文字が「デザイン」された

繰り返しになりますが、この木ヒは「意匠文字」であり、デザインされたものです。従って、実際の文字と違っていてもそれが意図されたものであり、つまりこれはこれでよい、ということになります。それに異を唱えるつもりはありません。ただ、図1のように普通の「札」も併用されており、やはり個人的には違和感が否めないのです。これが図4のような筆押さえとして表現されていれば、まだ納得できるのですが……。

図5:『札幌市鳥瞰図』より
部分拡大
図6:『唐尹尊師碑』より
部分拡大
「たまたま図4だけこの書き方なんじゃないの?」という指摘があるかもしれないので、念の為に他の事例として図5と図6を示します。図5は『札幌市鳥瞰図』(昭和11年)の部分拡大で、図4と同じく日文研で公開されています。図6は、京大の拓本文字データベースに収録されている『唐尹尊師碑』に見られる「札」ですが、ここにも筆押さえが見られ、唐の金石文でも筆押さえが表現されていたことがか確認できます。

また、「札」の「旧漢字」(ここではとりあえず「昔に使っていた、今の文字とは異なる字形」と理解しておきます)が「」であるか否かについては、康煕字典などで意味が異なる別の字として掲載されており、日本での「」の使用例も管見の限り見いだせないことから、私は「旧漢字」ではないと考えます。

――ここから追記:2011.11.08――
……と、昨日書いて満足したのですが、昨晩布団の中で「近代デジタルライブラリー」を調査していないんじゃないか?」と、私会議でダメ出しされてしまったので、近デジで「札幌」をキーワードとして引っかかる文書を総めくりしてみました。総めくりといっても全ページを見たわけではなく、外題や内題、奥付、あと本文の活字など要所要所を眺めただけです。基本的に活字としては木ヒは存在しないだろう、しかし表題などには文字の装飾があり得る、といういうのが理由です。

図7:『貨物掛必携』昭和14年 表紙部分拡大

図8:『北海道案内』昭和13年 表紙部分拡大
 その結果、なんと木ヒを発見してしまいましたΣ(゚д゚lll)

図7は『貨物掛必携』、図8は『北海道案内』、ともに札幌鉄道局の編纂によるものです。図7は、明らかにヒに作られていて、図2・図3の木ヒと殆ど同じといってもいいくらいです。図8は、図5にみられる筆押さえが僅かに下がった形で、この僅かな違いが筆押さえを一画に変化させています。いずれも表紙に掲載された、デザインされた字形です。なお本文活字はいずれも「札」につくられています。ざっと確認しましたが、木ヒは表紙以外にはみられません。

もしかしたら、他にも札幌市や関連する公共機関などで、大正~昭和期にこのような木ヒの事例が見つかるかもしれません。本文活字ではなくデザインされた字形である以上、これはあくまでも木ヒであって「」であるとは考えられませんが、当時のこうしたデザイン事例が図3の文字デザインに反映された可能性があります。

結論としては、「もともとは筆押さえであった要素が、大正~昭和期にはあたかも一画のように扱われ、デザインとしての字形に影響を与えた結果、汚水桝の木ヒが生まれた」と考えます。「旧漢字」という「由来」の根拠の是非はさておき、実際にみられた字形を参考にしたデザインという意味では、札幌市役所からいただいた回答が裏付けられたといえます。
――ここまで追記:2011.11.08――

それにしても、文字デザインの奥深さと漢字の面白さを、再認識しました。また、現行の仕様にみられる木ヒの由来については、ひとまずスッキリしました(´∀`*)

間違いなどありましたら、ぜひご指摘ご教示いただければ幸いです。

2011年11月6日日曜日

OYOYOてくてく北大散策

先日、マンホールなどの鉄蓋に関するお話をさせていただいた御縁で、札幌OYOYOの写真部主催のてくてく街歩きツアーが今回は北海道大学の構内散策ということで混ぜていただいてきました。

広大なキャンパスと札幌都心部にありながら豊かな自然で、半ば観光地的な面もある北大ですが、今回は現役北大生のガイドを受けながら、北18条のモデルバーンあたりから入りました。モデルバーンは一応一般開放している観光地ですが、そこからさらに北上して学内でも「その学部・研究科の人以外はまず訪れない」という辺境wを徘徊し、裏道を潜りぬけ、結局博物館より南側は殆ど見ないという、散策というよりは探検に近いワイルドなものでした。









左上:工学部。紅葉もきれいだけど、鉄筋むき出しの壁面がポイント。建物の一部を取り壊し、面倒なのでそのままにしているのでしょう。
右上:イチョウ並木。自転車で通り抜けたい。
左下:モデルバーン内。
右下:医学部か看護学部か歯学部か、その辺りの敷地内の煙突。何の施設なのか。

あいにくの雨模様でしたが、それでも紅葉が見事でした。北大はどういうわけか壁に蔦が這っている場所がとても多いのが印象的でした。

もちろん私のことですから、マンホールの蓋や、よく分からない珍妙なものも撮って来ました。




左上は、放射線使用施設の表示ですが、立入禁止のわりにはあまりに柵が杜撰でした。杜撰と見せかけて赤外線による探知装置とか配備してたらカッコイイ。
右上は工学部の建物らしいですが、壁面から出ている突起物が意味不明。別の建物と接続する予定だったのか、実は無意味なのか。あと「壁打ち禁止」の表示がおかしみを誘います。野球・テニス・サッカーなど、確かに壁打ちやりたくなるねw 壁打ちされると実験の測定の際に振動を拾うので迷惑だからではないか、というのが北大生の見解でした。
左下はいわゆる外蛇口で、研究用家屋の外にあったのですが、あまりに丈が低く普通に落ち葉に埋もれそうでした。
右下の北大マンホール蓋は、以前紹介した札幌市型模様だけでなく、上に挙げた長谷川鋳鋼所製の蓋や、田中鋳工所のテトラポット模様、また亀甲模様のものもありました。北大、鉄蓋的にも奥が深いわー。

一日歩いて足が棒になりましたが、それだけの価値がある一日でした。参加させていただき、どうもありがとうございました。また探検したい。

2011年10月14日金曜日

鉄蓋レクチャー @ OYOYO まち×アートセンターさっぽろ

10月11日、札幌にある「OYOYO まち×アートセンター」美術部の定例会にて、外部講師としてマンホールなどの鉄蓋に関するレクチャーをさせていただきました。タイトルは「路上の楽しい歩き方:『マンホールなどの鉄蓋』鑑賞/観察案内」。林丈二氏の「路上の正しい歩き方」を捩ったタイトルですが、もう少しゆる~く、これまで鉄蓋を意識して見てこなかった方々へアート的な楽しみ方を第一に伝えるような内容を目指しました。

「マンホールの蓋ってアートだよ!」といくら口で言っても、まず伝わりません。そこで今回は、自分がこれまで取り貯めた鉄蓋の画像を多用し、また一部はtwitterでの#manhotalk に集う先達の皆様にご提供いただいて、札幌・道央圏・全国と段階を踏んだ地域→全国へと視点を広げました。
そうした地域性とは別に、ただ鑑賞/観察しようといっても取っ掛かりがないと難しいので、基礎3つ、応用3つの視角を設定しました。


「アート」「歴史・郷土史」「コレクション」という3つの基礎的視角と、そこから派生する「絵に込められた意味」「近代化遺産としての鉄蓋の保存・継承」「デザインの分析・体系化」という3つの応用的視角を整理すると図のように、曼荼羅というか、鉄蓋をとりまくコスモロジーというか、なかなか興味深いものになりました。この6点は、そのまま路上観察一般にもスライドして利用できます。

最後に基礎・応用を踏まえた発展として、観察/鑑賞をどのように実践していくかについて、いくつかの提案を行なってレクチャーを〆ました。

また、少しでも身近に感じていただけるように、幾つかの展示資料を用意して、休憩時間などに手にとっていただきました。資料としては「マンホールのふた(日本篇)」「同(ヨーロッパ篇)」といった書籍や展示図録、デザインマンホールの図案、蓋メーカーさんの製品カタログ、自作のフロッタージュ、歴史的に重要な(と私は考えている)東京市型模様の設計青焼き図面、変わった所ではマンガに出てくる名古屋市型模様・中部電力の蓋、また実物資料として止水栓の鉄蓋などを展示しました。中でも「マンホールのふた(日本篇)」と製品カタログが特に人気だったようです。

書籍や図案・実物(止水栓の蓋)など東京市型模様の青焼きコピー
私は鉄蓋の観察について、単なるコレクターとしての趣味だけに終わらない、いうなれば博物館的な収集保存・調査研究・教育普及の3つの柱を持つ学術的な分野として、また工業デザインの安全性・堅牢性と人の目に触れる意味での審美性を兼ね備えるアートとして、真剣に取り組んでいきたいと考えています。今回いただいたレクチャーの場は、そうした自分の考えを整理し方向づけるのに大変役立ち、また「これでいいんだ」という自信を与えてくれました。幾つかの偶然と、ほんの少しの勇気の連鎖が、今回のレクチャーに繋がりました。人と人の繋がりに感謝します。

「正しい」札下
OYOYOの近くで発見
「誤字っぽい」札下
レクチャー内で取り上げた蓋


2011年10月11日火曜日

こんな所に鉄蓋が(札幌編)

先日、札幌市内のマンホールを取材してきました。
あいにくの雨で地面が濡れていましたが、とにかく蓋の場所と概要を押さえるという目的で、写真の出来は二の次で撮ってきました。

そのなかで「こんな場所にも鉄蓋があるのか!」と驚いたものが幾つかありました。いずれも、流石は道都札幌、都会ならではという設置状況でした。


パーキングメーターその足元
これは赤レンガ道庁の正面の通りにあるパーキングメーターです。ごく普通の機械ですが、よく足元をみると……「P」の字が入った鉄蓋が設置してありました。この中に何か機械設備が格納してあるのでしょうか。

なお「P」の蓋は、他にも蓋単体で(パーキングメーターの足元ではない場所に)も見かけました。





雑居ビルの玄関内部にある鉄蓋
続いては、私の足が写真に写り込んでしまっていますが、雑居ビルの玄関内の様子です。ガラス扉の向こう側、つまり建物の内部に、玄関マットが半分覆いかぶさった状態で蓋が見えます。何となく鉄蓋は普通外にあるというイメージを持っていたのですが、屋内にも存在することを知りました。

余談ですが、この蓋は長谷川鋳工所製です。比較的ポピュラーな蓋です。



ショーウィンドウ内の汚水桝鉄蓋マクドナルドの汚水桝鉄蓋
最後は、ショーウィンドウの中に堂々と陳列してある鉄蓋です。
( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい!女性と一緒に映っているのはおそらくアロン化成製の汚水桝蓋、マクドナルドの方はダイドレ製の蓋です。

商品と全く関係のない鉄蓋を、隠すそぶりさえ見せず、そのままにしているのには本当に驚きました。もしかしたら、やむを得ずそこに設置されている鉄蓋もアートとして取り込んでいるのかもしれません。(゚∀゚)ナンチャッテ


意外な場所に潜む鉄蓋、まだまだ隠れキャラがいっぱい居そうです。



2011年9月21日水曜日

北大の鉄蓋

先日、札幌へ行ったついでに、北海道大学の構内で鉄蓋散策してきました。
といっても北大はあまりに広いので、南側半分くらいをざっくり回っただけなのですが、それでもいっぱい収穫がありました。

北大の蓋で有名なのは、なんといっても北大オリジナルのマンホール蓋です。

北 下水北大 下水
紋章座に「北」とあるものと「北大」とあるものと二種類ありますが、どちらも地紋は札幌市型模様です。

札幌市型模様は、1927(昭和2)年の札幌市下水道事業開始時に仕様が定められたものだと私は考えています(記録上の初出は管見の限りでは昭和11年刊『札幌市第二期下水道事業概要』です)。この時の下水は、汚水処理はせずに雨水・汚水合流管による排除のみでした。

「北」と「北大」の、どちらがより古いかというのははっきりしませんが、直感的には「北」の方が古いように思えます。構内で発見した枚数、字体、すり減り方などからの推測です。北大史に詳しい方、北大の関係者の方、ご存知でしたら教えて下さいませ。

北 下水 エラー蓋
ところで左の蓋は、上と同じ「北」の蓋です。クラーク会館正面のロータリーのところに設置してあり、車通りも多いのでだいぶすり減っています。この蓋、実は間違いがあるのです。何がおかしいのか、上の蓋と見比べて探してみてください。間違いと言っても使用上の悪影響は殆ど無いので、気にしなかったんだと思います。時代のおおらかさが感じられます(´∀`*) 答えは最後に。

他にも北大構内にはさまざまな蓋があり、鉄蓋探索者としては興味が尽きないのですが、その中でも特に私の興味をひき、そして詳細がまだわかっていない(調べていない)のが、次に紹介する「☆に北」の蓋です。


a) ☆北 マンホール蓋b) ☆北 ガス ハンドホール蓋
c) ☆北 電防 ハンドホール蓋d) ☆北 マンホール蓋

この4つは、いずれも紋章座に「☆の中に北の字」が描かれています。このマークが問題で、b)のハンドホール蓋から、どうやら北海道ガスの蓋で、☆北は北ガスの古い社章のようにも思われます。c)の「電防」もガス管の腐食防止効果を測定するためのもので、やはりガス会社の蓋と考えられます。しかし、本当に北ガスの古い社章なのかどうかは社史などをあたってみないと確言できません。

また、特に注目されるのはd)の蓋です。地紋全体が陰刻(線が掘り込んである、普通は陽刻)で、かつ外帯は札幌市型模様ですが内帯は「工」と「|」の繰り返し模様です。かなり初期の、貴重な蓋だと思われます。

この「☆北」の蓋は札幌市内や北海道教育大学札幌校構内でも見かけています。札幌市内を調査して、また文献調査も行って近いうちに☆北の謎(笑)を解明したいと思います。

このように、北海道大学の構内だけでも、マンホールなどの鉄蓋をテーマに探検できます。学生の皆さんはぜひ自分の学校の構内の鉄蓋をチェックしてみてください。新たな発見がありますよ(゚∀゚) 最後に間違い探しの答え:「北」と「下水」の字の向きが逆になっている。おそらく紋章座の「北」を間違えて逆さまに作ってしまったのでしょう。